【川内・玄海・伊方3原発立地周辺レポート第1回】鹿児島県川内原発編1.「原発は事故がなくても膨大に環境破壊を推し進めている」〜ウミガメの産卵地に立つ環境破壊工場 
▲薩摩川内市久見崎海岸。川内原発と「脱原発川内テント」。普段か ら風が強い。風は海から内陸へ、つまり原発から街へ向かって吹いている。
 2016年4月、九州で熊本・大分大地震の現地を取材していたIWJ九州緊急特派チームは、震源に近い鹿児島県の川内原発、佐賀県の玄海原発、愛媛県の伊方原発の3つの地域で立地周辺取材を行った。
 震源域が中央構造線沿いに広がっていく中、鹿児島の川内原発、東の愛媛の伊方原発は安全なのか。「せめて地震が落ち着いて安全が確認されるまで、川内原発を一時的にでも稼働停止して」という国民の声が広がる中、九州電力、原子力規制委員会、そして日本政府は、かたくななまでに原発の稼働に固執する。

 原発は本当に安全なのか。そもそも原子力発電所とは、どのような場所に建てられているのか。周辺住民は今回の地震を受けてどう感じているのか。
 現地を見て、地元住民の声を聞いて、あらためてはっきりとした共通点が浮かび上がった。それは、これといった産業のなかった生産性の乏しい地域へ、長い時間をかけて交付金と雇用を通して根を張っていった電力会社の姿、地元住民の分断、環境破壊、避難計画の不備と安全神話だった。
 2016年4月28日・29日、九州緊急特派チームが最初に向かったのは鹿児島県薩摩川内市。2015年8月11日に1号機が、同年10月15日には2号機が再稼動したばかりの、そして現在日本で唯一稼動している川内原発だ。
「『被曝ありき』の避難計画だ。こんな避難計画に納得出来る市民は誰一人いない。それなのに市や県は『避難計画はできた』と言い、安倍政権は『避難計画は具体的かつ合理的だ』と言った」
 薩摩川内市の中心を流れる川内川。その河口の南側に、与謝野晶子・鉄幹夫妻が訪れ、17首も歌を詠んだという美しい久見崎(ぐみざき)海岸が広がる。海岸から陸側を振り返ると、少し小高い丘の上に川内原発の無機質で無粋な姿が目に入る。ここから川をさかのぼるように東へわずか10キロメートルほど入ったところが市の中心部だ。
 2014年9月、「経産省前テント」のメンバーによって反原発運動のために、川内原発のあるこの久見崎海岸に「脱原発川内テント」は建てられた。
 そのテントの中で、反原発運動に参加する地元住民の川畑清明氏が、薩摩川内市の策定した避難計画の問題点を語ってくれた。
 「避難計画は二段階に分かれている。5km圏内の住民は異常が発生した時点で、放射能が漏れ出す前に避難することになっている。5km圏外の住民は放射線量が毎時500マイクロシーベルトになるまで屋内退避。500になったら24時間以内に30km圏外へ避難する。
 つまり、ずっと毎時500マイクロシーベルトの中を逃げなきゃいけない。しかも県のシミュレーションでは指定の避難場所まで29時間かかる。これは道路が壊れていないことが前提だ。
 でも原発が壊れるぐらいの自然災害で、道路が無事なわけがない。今回の熊本の災害で逃げられないことがはっきりした。道路が通れない。橋が落ちる。歩くこともできない。その通りのことが現実になった。薩摩川内市長は『新幹線を避難に使う』なんて言っていたが、新幹線も止まった。バスによる緊急輸送も計画されているが、バスは本当に来るのか。
 しかも鹿児島県の設定した避難所は、北西の風が7割吹くこの地で、風下の方向になる。つまり、『被曝ありき』の避難計画だ。こんな避難計画に納得できる市民は誰一人いない。それなのに市や県は『避難計画はできた』と言い、安倍政権は『避難計画は具体的かつ合理的だ』と言った。まさに棄民政策だ」

▲原発から12kmほどの地区で自治会長をしている川畑清明氏

 実際、県が鹿児島県バス協会と結んだ協定書の細則の中には「運転手の被曝線量」を「1ミリシーベルトを下回る場合」と書かれていて、これは「毎時500マイクロシーベルト」という住民避難の基準の中で2時間しか従事できない。計画自体が有名無実なわけだ。
「この地域に住んでいる限りは、この“原発”というものを抱いたまま生活していかなきゃいけない運命なんだ、ということを、自分で納得させている」
 だが、原発の地元であれば、九電から仕事をもらっていたり、直接・間接に様々な経済的効果があるはず。当然地元から反対の声はあげづらいのではないか。
 この点についてテントの中心メンバーの一人、福田良典氏は、次のように語った。
 「30年ほど前、原発ができる時、旧川内市は『これで経済の基盤は整った』と歓迎した。ところがその当時12万人だった人口は、平成の大合併を経て大きくなったにもかかわらず、現薩摩川内市では9万5千人ほどにまで減っている。しかも寄田町など原発に近いところは限界集落だ。地元の高齢者と話をすると『自分は先祖から受け継いだ土地を離れられない。でも子供や孫は無理だ。ここには住まわせられない。だって原発があるから』という」

▲ 経産省前テントにいた福田良典氏は、江田氏とともに2014年9月にここにテントを建てた中心メンバーの一人だ

 そして、「『原発は怖い。だけど息子が九電で働いている』と言って再稼動に反対できない人も大勢いる」という話に川畑氏は、「誰が何をしたって変わらない。この地域に住んでいる限りは、この“原発”というものを抱いたまま生活していかなきゃいけない運命なんだ、ということを、自分で納得させている。そう考えている人が、本当に多い」と、地元住民を支配する空気を語った。

▲「この“原発”というものを抱いたまま生活していかなきゃいけない運命なんだ」ということを自分で納得させている住民は多い

たとえ事故を起こさなくても、原発そのものが環境破壊工場だ
 「『原発に万が一の事故があったらいけない』といって反対する人は多い。でも、『それじゃあ事故が起きなければ原発は大丈夫だ』ということになってしまう」
 そう話してくれたのは福田氏とともに経産省前テントから移ってきた中心メンバーの江田忠雄氏だ。江田氏は「原発そのものが環境破壊を現実に、膨大に、推し進めている」と続け、その仕組みを語った。
 「原発は発生する熱量の30%しか電気に変えられない。残りは水で冷やして海に捨てている。この川内原発では1秒間に133トンの海水を取り込み、冷却に使っている。133トンと言ってもイメージしづらいが、今この横を流れている巨大な川内川の流水量がほぼ同じ1秒間に130トンだと言えば分かりやすいだろう。1秒で133トンだから1日でおよそ1150万トン。毎日毎日これだけの膨大な量が温排水として海に捨てられている。
 川の上流から栄養豊富な水が運ばれて来る河口近くは、海洋生物の幼生を育てる大事な場所だ。そこの海水を大量に取水し、温めて排水する。しかも、この冷却水には次亜塩素酸ナトリウムを1日3トン投入している。配管内部にフジツボなどが付かないようにするためだ」
 農薬と同じである。海の生き物が配管内に繁殖しないようにする。つまり、生き物を殺す薬剤が大量に投じられているのである。そうした冷却水が、海へ無造作に捨てられ、海の生き物を殺す。
 「地元の人に聞くと、ここはもともとハマグリがたくさん取れたそうだ。それが死滅させられ、魚もあまり釣れなくなっている。
 たとえ事故を起こさなくても、原発そのものが環境破壊工場だと言えるだろう。反社会性を持った企業だと言ってもいいのではないか」

▲経産省前テントで反原発運動していた江田忠雄氏

「もともと豊かだったこの地の環境を原発が破壊し続けているという危機感を、地元に定着させたい。金をもらってふるさとを手放し、若い世代がいなくなってしまったというこの悲劇の中からチャンスを見つけ、時間をかけて地元を再生させていく」
 「ここにテントを建てた後で知ったのだけど、この久見崎、南の寄田、川内川を挟んで北側の唐浜、その向こうの西方、この四つの海岸はアカウミガメの産卵地なんです」
 そう話すテントのメンバーは、地元の人たちと一緒に海岸の流木や漂着物を拾い集め、基金を作り、環境を取り戻す活動もしている。
 「もともと豊かだったこの地の環境を原発が破壊し続けているという危機感を、地元に定着させたい。金をもらってふるさとを手放し、若い世代がいなくなってしまったというこの悲劇の中からチャンスを見つけ、時間をかけて地元を再生させていく、ということしか道がないと思う」

▲海岸には流木を始め様々な漂着物が打ち上げられる。テントのメンバーは丹念にゴミを拾い集め、海岸を守っている

▲経産省前テント村から譲り受けた太陽光発電のソーラーパネル

▲テントに向けられた赤外線暗視カメラ。九州電力によってテントは24時間常に監視されている

▲目の前に広がる東シナ海。遠くに上甑島(かみこしきじま)が見える。沖合の島々の避難計画もまた整備されているとは言い難い

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